My Lost Face
〜顔面神経麻痺との闘い〜

診断

 

 2003年1月4日・・・都心のJ医院は朝一にもかかわらず、かなり混んでいた。正月明け最初の診療日。しかも土曜日だった。ずいぶん前に来たことがあったが、何の用だったかはっきり覚えていない。同級生が務めていたことがあったので、健康診断書かなにか書いてもらうためだったかなぁ??・・・ここの診察券は持っていたが、すっかり様子が変わっていてどうすればいいかも分からない。基本的に病院というところとは縁がなかったので、受付方法もよく分からない。
 J医院はドラマにでてきそうな巨大な大学病院。厚労省から「特定機能病院」の承認を受けた病院で、近所の小さな病院からの紹介状を持っていない患者からは「特定医療費」として3,150円(自費)をとる。そんなことは全然知らなかった。基本的には、大したことないのにいきなり来るな・・・ということだ。
 案内のおねえさんに相談して「ペインクリニック」と「脳神経内科」のカルテを新規に作ってもらった。「ペインクリニック」とは、あまり聞き慣れない診療科だが、麻酔科のこと。実は朝早く、顔面麻痺を経験されたという妻の知人からどの診療科に行けばよいのか、情報を入手していた。さらに、病院で偶然手にした広報誌に、ペインクリニックの紹介が載っていた。そこには「顔面神経麻痺」の文字が書いてあるではないか!もう、これは間違いない!ペインクリニックの受付にカルテを出した。

 ほどなくして、名前を呼ばれ中に入る。決して若手ではない風格を備えた女性のドクターが診察にあたってくれる。言葉や対応もすごくはっきりしていて、信頼に足る印象を受けた。「顔が動かない。麻痺している。トロンボーンという楽器のプレーヤーなので大変困る。」という趣旨のことを訴えると、大変親身になって対応してくれる。眉を上げて・・・「ウーー」って言ってみて・・・「イーー」は?・・・と、顔の動きを診る。

「おそらく末梢性の顔面神経麻痺ですね。脳梗塞等で顔に麻痺がでることもあるのですが、その場合、額にしわをよせることはできる場合が多いです。口元も額も両方動いていませんし、その他手足などに障害も出ていないようですから、たぶん末梢性の顔面麻痺でしょう。たぶん、入院してステロイドの投与をする治療になると思いますよ。」
「にゅ・・入院!?」
「こちらのペインクリニックでは、首に麻酔の注射をして、患部の血流を良くする治療を行いますが、顔面麻痺は「耳鼻科」の領域ですので、今から耳鼻科のほうに連絡しますので、先に、そちらに行っていろいろと検査してもらってください。もう一度、戻ってきてもらうことになると思います。・・・脳神経内科も受付されてますねぇ・・・ ・・・これはキャンセルしても良いでしょう。こちらでやっておきます。」

 一字一句正確ではないが、このような趣旨の事を言われ、カルテを持って、「耳鼻科」に移動。なんだ、耳鼻科だったの?!「顔面(神経)麻痺」と麻酔科も結びつかないけど、耳鼻科っていうのもこれまた意外な感じ!しかし、一般的には「顔面神経麻痺」は「耳鼻咽喉科」の病気。首から上の脳みそ以外の病気は「耳鼻科」なんだそうだ。ただ、耳鼻科の先生がみんな、顔面神経麻痺に精通しているかというと、そうでもなさそう。大きい病院では、顔面神経外来のような形で、その道に詳しい先生が担当してくださることが多い。

 耳鼻科の「待合い」でこれまたえらく待たされる。朝早く来た意味はまるで無し。最初から分かっていればこんなことには・・・。待っている間にも、ますます顔が動かなくなる感じがしていた。目の前で、とても大事なものが失われていくのに、為す術もなくただ待っているだけ・・・このストレスは実に耐え難い。

 

 やっと呼ばれる。たぶん同世代かちょっと上くらいの男性のドクター。初診の患者さんをたくさん見ている様子だった。高い声で早口なのが印象的。テキパキとスピーディーに診察をこなす。5〜6室ある診察室にはすべてドアが付いているものの、中の会話は全部外に聞こえていた。一番奥の部屋の、このドクターの声は一際だった。ペインクリニックで言ったことと同じ事を訴えた。もちろん、トロンボーン奏者なので大変困っていることも・・・そして、どんどん動かなくなっていることも・・・

 「最近耳やその周りが痛くなかったか?」などの問診があり、耳の中を診られる。左右の顔の動きを比較して麻痺の程度を評価する検査(柳原法)、耳に圧力をかけたり、いろいろな大きさの音を聞いたりする聴力検査、血液検査、目に薄い紙を挟んで涙の量を測定する検査(シルマー法)などなどが振り回されるような勢いで行われる。看護士さんも実に機敏。

 ・・・顔の麻痺なのに、意外と変なところを調べるもんだな・・・

 一通りの検査を終え、診察室に戻ってきて「末梢性の顔面神経麻痺」だろうと診断される。病気についての知識は全くない。病気になる前に、その病気についてよく知っている人はほとんどいない。
 炎症を沈めるステロイド剤(リンデロン0.5)と神経の働きを良くするビタミンB12(メチコバール)が処方され、末梢の血流を良くするアデホス、ニコリンの点滴をうけた。

 予言通り、間違って最初に受診してしまったペインクリニックに戻って、首の根本から、ものすごく長い針の付いた注射器で奥深くに麻酔薬をぶち込まれた。これは、星状神経節ブロック(SGB)といって、首の奥の方にある交感神経の集まりを麻痺させて顔面の血流を良くする方法。ものすごく、痛くて、恐怖感があった。
 ひとつ予言と違ったのは「入院」にならなかったこと。予言者の女性ドクターが一瞬「アレ?」っという表情をしたのが気になった。

 再度耳鼻科に戻り、帰り際に、「この病気の場合、お薬を飲んでも症状が悪くなることがありますから・・・」と言われた。「・・・悪くなることもありますが、大丈夫ですよ。心配しないでくださいね。」という意味に受け取った。

 

 でも、これは大間違いだった。

 

 

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