My Lost Face
〜顔面神経麻痺との闘い〜

「第VII脳神経 顔面神経」

 

 顔面の麻痺には、「中枢性」のものと「末梢性」のものがある。

 脳梗塞や脳腫瘍などで脳そのものの組織が障害を受けて、正しい信号を送れなくなったのが「中枢性」。脳からの信号を各所に伝達する「顔面神経」が、途中で障害をうけたものが「末梢性」。

 たとえて言うなら、プリンターが動かなくなった時、その原因が、命令を出しているパソコンなら「中枢性」、ケーブル(USB)が問題なら「末梢性」・・・みたいなものだ。

 

 脳卒中などによる「中枢性」の麻痺では、顔以外の部分にも、麻痺やしびれなどの症状がでることが多く、意識障害やロレツが回らないなどの症状を伴うこともある。脳腫瘍などによるものは、「末梢性」にくらべ、症状はかなりゆっくりと進行する。(末梢性では、48時間以内に急激に麻痺が進行する。)

 また、顔に関しては、「末梢性」では目元、口元ともに動きが悪くなるのに対し、「中枢性」では、口元が動かなくても、目元や眉毛は動くことが多い。これは、ふつう、右の脳は左半身を、左の脳は右半身を司っているのだが、顔面神経のうち、顔の上部を司る神経については交叉するときに少し混じり合っているからなのだそうだ。健康な状態でも、口元に比べ、眉毛の動きやウィンクなど、顔の上部で左右を別々に動かすのが難しいのもこのためらしい。

 万が一、あなたの顔に麻痺の症状が現れた場合、もしそれが「中枢性」ならば一刻を争う緊急事態!命に関わる大問題なので、悠長に「耳鼻咽喉科」の列に並んでいる余裕はない。素人判断は難しいものがあるかもしれないが、「中枢性」の疑いを感じたら、即刻、脳神経内科や脳神経外科に飛び込んだ方がいい。

後日撮影した私自身の脳の断層画像

 一方、「末梢性」の顔面麻痺では、命を落とすことはない。ただし・・・こと管楽器奏者に関していえば、それが「末梢性」であっても、命に関わるのと同等かそれ以上の緊急事態!!できるだけ早く適切な処置を受けなければ、失うものは「顔」だけにとどまらない。

 

 末梢性の顔面神経麻痺は、脳からの指令を伝える末梢神経のひとつ「第VII脳神経 顔面神経」のトラブルによるもの。脳の底面には、脊髄とは別に、脳からの指令を直接各所に伝える左右12対の「脳神経」と呼ばれる神経が出ていて、前方から順番にローマ数字がふられている。そして、それぞれ、

第I脳神経 嗅神経
第II脳神経 視神経
第III脳神経 動眼神経
第IV脳神経 滑車神経
第V脳神経 三叉神経
第VI脳神経 外転神経
第VII脳神経 顔面神経
第VIII脳神経 内耳神経
第IX脳神経 舌咽神経
第X脳神経 迷走神経
第XI脳神経 副神経
第XII脳神経 舌下神経

と、名付けられている。
以下、船戸和弥氏による図説参照。(脳神経を真下から見た様子。上方が顔面側。)

脳神経図説
船戸和弥氏のHPより
(C) K. Funato

 

 第7番目の脳神経である「顔面神経」の主な部分は、脳からの指令を筋肉に伝える「運動神経」。それに、身体からの情報や刺激を脳に伝える「知覚神経」、内分泌などを司る「副交感神経」が合流して脳を出発し、内耳孔より、頭蓋骨(側頭骨 図説 by K. Funato)を貫くの細いトンネルの中に入っていく。

 

そして、骨の中でさまざまに分岐する。(以下、船戸和弥氏による図説参照)

顔面神経図説
船戸和弥氏のHPより
(C) K. Funato

 「副交感神経」は、涙や唾液をだす器官(涙腺、顎下腺・舌下腺)に・・・「知覚神経」は、耳たぶや外耳道などの触覚と、軟口蓋(口の中の天井部分の柔らかいところ)と舌の前2/3の部分からの味覚情報を脳に伝え・・・「運動神経」は、一部が大きな音から内耳を守る役割を果たす「アブミ骨筋」(鼓膜を傾ける小さな筋肉)に・・・残りは、顔面を動かす筋肉(表情筋)と首や後頭部の筋肉に指令をだす。

 「顔面神経」というと、顔にある神経は皆「顔面神経」と思われやすいが、そこがよく誤解を招くところ。「顔面神経」のうち、顔面に分布しているのは「運動神経」のみで、「知覚神経」は含まれていない。顔の触覚や痛覚などの知覚は、「第V脳神経 三叉神経」が支配していて、「第VII脳神経 顔面神経」とは全くルートが違う。だから、末梢性の顔面麻痺では、筋肉は動かないものの、知覚については全く正常。よく「痛いの?」とか「触っても分からないの?」と心配されたりするのだが、それらはすべていつも通り。

 よく間違えられるのが、俗に言う「顔面神経痛」。これは、顔は自由に動かせるのだが、時折、顔面に電気が走ったような激しい痛みがある病気で、本当の名前を「三叉神経痛」と言う。「第V脳神経 三叉神経」の病気で「顔面神経麻痺」とは全く違うもの。「顔面神経」のうち顔面に分布している部分には痛みを感じる線維は含まれていないので、「顔面神経痛」という名前は本来おかしな呼び名。
 そういえば、しばらく前に、お掃除好きで有名な女優さんが、ご自身の末梢性顔面麻痺の体験を話されるテレビ番組で「顔は麻痺しているので鍼を刺しても全然痛くないんです。・・・」と、おっしゃっていたが、これは記憶違いか、番組上の演出だと思われる。「痛み」の感覚は人それぞれだろうが、基本的に鍼が刺されば「痛い」のだ!

 また、「顔面神経麻痺」では、麻痺するのは「表情筋」のみで、三叉神経支配下の「咀嚼筋」(咬筋、外側翼突筋・・・などのものを噛むための筋肉)には問題がない。アゴの骨は自由に動かせるし、噛む力にも問題はない。
 ただし、私の経験から言うと、食事はものすごく大変!・・・噛む事自体には問題ないのだが・・・うまく開かない唇に熱いものが触って飛び上がるほどびっくりする。頬と歯茎の間に入り込んだ食べ物がなかなか出てこない。リンゴなど硬いものがぽろっと口から出てしまうこともしばしば。ペットボトルからは、うまく水を飲むことができない・・・などなど、麻痺になった人にしか分からない煩わしさがある。

 

 この「顔面神経」の経路上に障害がおこると「末梢性顔面神経麻痺」になる。骨内の腫瘍や中耳炎、耳下腺の疾患、外傷や骨折、顔面神経自体にできる腫瘍(顔面神経鞘腫)などによっても起こる(約15%)こともあるのだが、ほとんどは、ウイルス性の麻痺(ハント症候群 約15%)か、原因不明の麻痺(ベル麻痺 約70%)。これらはどちらも、神経が切断されて起こるのではなく、顔面神経が水ぶくれのように腫れあがる「浮腫」という状態になって、側頭骨内の狭いトンネルの中で強力に圧迫されることによっておこる。神経が腫れても、硬い骨のトンネルによって圧迫されなければ、麻痺は起こらない。顔面神経が通るトンネルには、特に狭いところがあるので、顔面神経は、構造上、最も「麻痺」しやすい神経のひとつだと言える。神様は、とんでもない設計ミスをしたものだ。一般の企業なら「リコール」問題で、クビか左遷ってところだろう。

 ちなみに、昭和60年の全国調査では、人口10万人に対して30〜40人の割合で、末梢性顔面麻痺がおこると報告(欧米では、16〜23人という報告が多い)されている。ってことは、1万人に3〜4人だから・・・およそ3000人に1人くらいの確率で「顔が麻痺する」という計算だ!!

 「ハント症候群」は、原因がウイルス(水痘帯状疱疹ウイルス VZV )であると特定される顔面麻痺。耳の周りや口の中に水疱ができて激しく痛むことが多く、血液検査(すぐには反応がでない場合もある)でウイルスの痕跡がでる。
 私の場合は、水疱も痛みも全くなく、血液検査(数週間経ったあとでもう一度検査した)でも反応がなかった。ベル麻痺の原因として「単純ヘルペスウイルス HSV1」の関与が強く疑われていたので、これについても検査したが、反応が出なかった。全く原因の分からない「ベル麻痺」ということになる。「ベル麻痺」の「ベル」とは、最初にこの病気を報告した医師の名前なのだそうだ。

 

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