1996年 12月号

リップスラー(2)

 

 先月号に引き続き、今月は「リップスラー」の話です。

 先月号では、ホースで水をまく話から、唇の緊張と息の圧力の関係を説明しました。水道の蛇口をしっかり開いて、ホースの先のつまみ具合を上手に調節することで、水の到達点をコントロールすること(先月号のイラスト参照)・・・これはあたかも、しっかりとした息の圧力をかけておいて、唇の締め具合で音の高さをコントロールする「リップスラー」とよく似ていました。今月号では、より複雑なリップスラーの譜例を載せてみました。これらを克服するには少々の基礎知識と地道な努力が必要です。

 では、今月の譜例をクリアするための大事な知識とコツについてお話ししましょう。

口の中の容積に注意せよ

 リップスラーをうまく演奏するには、口の中の容積に注意を払わなければなりません。皆さんは口笛を吹けますか?吹ける人はそれなりに、吹けない人も吹けるつもりになって(音が出なくてもかまわないから)譜例@を口笛で吹いてみてください。

 どうです?音が高くなるほど口の中の容積が小さくなることに気づきましたか?もう一度トライして確認してみましょう。

 ある高さの音を吹こうとするときには、それに相応しい口の中の広さがあります。それは、広すぎても狭すぎてもよくありません。正しい容積になっていないと、音質や音程が非常に悪くなってしまうのです。それぞれの音に相応しい容積を自在に作り出せるようにする・・・それがリップスラーの練習です。

 口の中の容積が変わることで、出ていく息のスピードや圧力に変化がおきます。当然、口の中が狭いほど圧力もスピードも上がります。この調節がうまくできるようになると、リップスラーの時にかかる唇への負担がかなり軽くなります。したがって、唇の柔軟性が高くなって、より複雑なパターンが吹けるようになってきます。

 今月はかなり複雑なパターンを譜例に載せました。はじめから速いテンポで練習するのではなく、それぞれの音を良い音質でロングトーンして、その時の口の中の容積や唇の緊張を体にインプットする・・・そして、それらをすばやくスムーズにチェンジできるように練習を積む・・・という要領で、簡単なものから順に取り組んでください。

 

●大跳躍では「蛇口の調節」を

 今月の譜例の中には、幅の広い跳躍を含んだパターンもはいっています(譜例DE)。これらをうまく吹くには、「蛇口の調節」が必要です。

 「蛇口の調節」?・・・いったいなんだ?・・・と思った皆さんは、先月号の「ホースで水まき」のイラストをもう一度見直してください。近隣のパネルへの変化は、ホースのつまみ具合の調節だけで充分ですが、例えば、4のパネルから7のパネルへの移動の場合は、水勢の急激な変化が必要となります。ホースの先をつまむだけでなく、左手で持った水道の蛇口をより大きく開けて、水の圧力を高くしてあげましょう。そうすれば、5や6のパネルにほとんどひっかからないでスムーズに7に移動できます。

 トロンボーンを吹くとき、根本的な息の圧力を変えるのは横隔膜の仕事です。この横隔膜を、キュッと持ち上げることで、水道の蛇口をキュッと開いたのと同じ効果を生みます。リップスラーでの高音域への跳躍では、唇の緊張や口の中の容積への注意と共に、おなかがキュッとへこむのを意識してください。これらのコンビネーションによってリップスラーは必ず克服できます。

 私は、練習の中で、このリップスラーにかなりの時間を割いています。なぜなら、非常に有効なトレーニングであると同時に、油断しているとすぐにできなくなってしまうくらいこわれやすく、地道なトレーニングでもあるからです。皆さんも簡単に諦めずに毎日取り組んでみてください。