楽曲について
                                              大内邦靖


 ついに、彼らがCDを発表するという。待ちに待ったファンも多いだろう。今、最も精緻な演奏を披露するトロンボーンカルテット・・・それは紛れもなく世界レベルだ。2004年結成以来、全曲暗譜の演奏会を開催し続けている努力と実力と実績とは裏腹に、彼らはなぜか奥ゆかしく、謙虚で、売り込みが下手。初CDを出すのに15年もかかっているではないか!・・まあ、しかし、そこもクラールらしいところ。「クオリティに妥協が無い」「ライブで真価を発揮する」ことにこだわるプライドやポリシーも、彼らの生の演奏を聴いたことがある人には理解できる。

 さて、いよいよ重い腰を上げて制作したこのCDは新旧数多くののレパートリーの中から「クラール」の魅力を余すところなく伝えられる楽曲が厳選されている。ファンのみならず、お気に入りの1枚になることは間違いない。

1. J.S.バッハ:イタリア協奏曲 第1楽章 (廣瀬大悟 編曲) (4’00”)
Italienisches Konzert Erster Satz (J.S.Bach / Daigo Hirose)

 「イタリア(風)協奏曲」(BWV971)と題されたこの作品は「フランス風序曲」(BWV831)と対比され、セットで「クラヴィーア練習曲集第2巻」(1735)として出版された。「協奏曲」と題されているが、チェンバロ独奏曲でオーケストラの伴奏はなく、2段鍵盤のチェンバロによって音色や音量を弾き分け、独奏部と合奏部の1人2役を演じる趣向となっている。当時流行していたVivaldi風の協奏曲のスタイルをチェンバロ独奏で模倣したのだ。
 メンバーの廣瀬氏による編曲は、この作品を素材として4人の演奏者の音楽的技量を交代に絶え間なく魅せる作りになっている。正に4人のトロンボーン奏者がそのヴィルトゥオーゾを競い合う新たな協奏曲と言えるだろう。

2. E.グリーグ:「抒情小品集」より (廣瀬大悟 編曲)(8’45”)
「Lyriske stykker」selection (Edvard Grieg / Daigo Hirose)
1.愛の詩(第3集 作品43から) 2.故郷にて(同左) 3.夜警の歌(第1集 作品12から) 4.祖国の歌(同左)

 作曲者グリーグは祖国ノルウェーの民族音楽のテイストを基に多くの作品を創作した。ピアノ協奏曲イ短調 作品16はあまりに有名だが、彼はそのピアニズムと抒情性から「北欧のショパン」と称されることもある。この「抒情的小品集」も10集66曲からなるピアノ独奏のための作品群で、第1集(後半2曲)は1867年、第3集(前半2曲)は1886年の出版で19年の時の隔たりがあるが、一貫して北欧らしい抒情性を感じることができる。
 廣瀬氏による編曲は、ピアノの減衰音のマイナス面を補うかのようにトロンボーンの持続する音価を生かしており、あたかもトロンボーンのためのオリジナル作品かのように響く。効果的な作品を見つけ出す「選曲の妙」も特筆すべき点だろう。奏者の歌心と楽器の特性が相まって、クラールの真骨頂と言えるレパートリーだ。

3. V.ネリベル:3つの気質 (8’00”)
Three Temperaments (Vaclav Nelhybel/Edited by Bryan Doughty)

 作曲者ネリベル(1919-1996)はチェコスロヴァキアに生まれ、アメリカで半生を過ごした。1960年代以降、吹奏楽のための作品を数多く創作し1996年に76歳で永眠した。このCDが出版される2019年は生誕100年のメモリアルイヤーにあたる。トロンボーン4重奏のための作品には「3つのオルガヌム」(or Bassoon Quartet)(1964)、「6つの小品」(1965)があるが、本作「3つの気質」は作曲者没後に発見され、2006年にB.Doughtyの編集によりCimarron Music Pressより出版されたものである。
 クラールのアンサンブルの緻密さ、シンクロ性の高さにより、この作品の緊張感が見事に表現されている。3つの楽章それぞれに個性的な音響世界を楽しむことができる。

4. J.Ph.ヴァンブスラール:ラ・ミリス・デュ・ファール
〜トロンボーン4重奏のための小音楽物語〜(11’20”)
La Milice du Phare?Court-m?trage musical pour quatuor de trombones (J.Ph.Vanbeselaere)

 近年、吹奏楽作品でも注目を集めるフランスの作曲家、指揮者ヴァンブスラールのトロンボーン4重奏のためのオリジナル作品。タイトルの「ラ・ミリス・デュ・ファール」は「灯台を守る民兵」の意。コンテンポラリーな表現を交えながら描写的な音楽ドラマが展開していく。ここでの野暮な解説は控えよう。このトラックを最後までじっくり聴いていただくことこそがこの作品とクラールへの深い理解と共感に繋がるだろう。

5. L.E.ショウ:「フリッパリーズ 」より
第9番チャールストン 第12番ツイスト 第15番アレグロ・ルスティカーナ (5’30”)
Fripperies (Lowell E. Shaw)
No.9 Charleston No.12 Twist No.15 Allegro Rusticana

 作曲者L.E.ショウはアメリカのホルン奏者で1994年までバッファローフィルハーモニー管弦楽団でポストを得ていた。同時に意欲的な作・編曲活動を行い、出版社The Hornists' Nestを立ち上げてホルンのための作品を多数プロデュースした。本作「フリッパリーズ」もオリジナルは4本のホルンのための作品集で、10巻40曲からなる。同社よりトロンボーン用のヴァージョンも出版され、日本ではトロンボーンカルテットのパイオニアでもある東京トロンボーンカルテット(TTQ)がコンサートで取り上げて広く知られるようになった。TTQを敬愛し、そのスタイルを継ぐクラールにとっては思い入れのあるレパートリーでもあるようだ。

6. G. ティボール:序奏、主題と変奏 (11’30”)
Introduzione,Tema e Variazioni op.13/a (Gyorgy Tibor)

 G.ティボールはハンガリー出身の作曲家。ブダペストで音楽を学び、バイオリンと作曲の学位を取得したようだ。彼についての情報が少なく、確証あるデータがなかなか得られなかった。作品についても謎が多い。Marc Reift社からピアノ伴奏による様々な管弦楽器独奏(アルトリコーダーやコントラバスなど)のヴァージョンが出版されているが、原曲がどのような編成なのかが判然としない。日本では1987年パリトロンボーンカルテットが初来日した際に披露したことで知られるようになった。ピアノ伴奏のヴァージョンに存在するフレーズがトロンボーンカルテット版では省略されていることから、カルテット版は独奏版からの編曲の可能性が高い。しかしながら、民族的なフレーズが厚いハーモニーを伴って変奏されていくスタイルがトロンボーンの特性とマッチしており、今ではトロンボーンカルテットのスタンダードナンバーにさえなっている。クラールは王道のサウンドでこの作品の魅力を伝えてくれる。

7. R. ロジャース:エーデルワイス (2’30”) (廣瀬大悟 編曲)
Edelweiss (Richard Rodgers / Daigo Hirose)

 誰もが知るこの作品は、クラールにとっては古くからのオリジナルレパートリー。前半はオーソドックスなスタイルで聴かせておきながら、後半は一転、リハーモニゼーションと遠隔転調を大胆に施して目眩く世界を魅せてくれる。廣瀬氏の巧みなアレンジもまたクラールの魅力の一つと言える。メンバーもお気に入りの一曲なのだそう。心のさざ波の高まる瞬間にその想いは容易に聴いて取れるのでは?

8. I. ルイス:3つのジャズ小品集vol.1 (8’00”)
Three Jazzy Pieces Vol.1 (Ingo Luis)
1.Sunflower-Waltz 2.Little Baby's Lullaby 3.Faux-Bourbon

 作曲者インゴ・ルイスはドイツのバス・トロンボーン奏者で、ケルン放送管弦楽団(ケルンWDR交響楽団とは別団体)のポストのほか、いくつかのビックバンドでも活躍している。彼はトロンボーンアンサンブルのためのJazzyな編曲作品を多数発表しており、中でもF.Davidの小協奏曲をピアノとトロンボーンカルテットにアレンジしたものは秀逸で人気も高い。「3つのジャズ小品集」は彼のオリジナル作品であり、第2集も出版されている。個性的なタイトルが目を引く。「ひまわりのワルツ」「小さな赤ちゃんの子守唄」「偽バーボン」・・・硬軟、変幻自在なクラールの表現にも傾聴したい。

9. J.S.バッハ:チェンバロ協奏曲 第5番 第2楽章 (3’30”)(廣瀬大悟 編曲)
Largo from Klavierkonzert Nr.5 f-moll BWV1056 (J.S.Bach / Daigo Hirose)

 バッハに始まり、バッハに終わる・・・メンバーの狙ったところだろう。しかも、どちらも鍵盤楽器の音楽だ。特にこの作品は爪弾くようなチェンバロとピチカートの弦楽器により演奏されるもので、言わばトロンボーン的音楽表現とは真逆に位置するような音楽だ。実はバッハはこの音楽を他の楽曲でも使いまわしており、カンタータ156番BWV156のシンフォニアと同じ音楽なのだ。こちらはメロディをオーボエが担当する。むしろクラールの編曲、演奏はこちらに近いのかもしれない。チェンバロや弦楽器が減衰音によりヴァーチャルに描いていた音世界をリアルに具現化しているとも言えるだろう。
 奏者の歌心、音楽性にも感動を禁じ得ない。とりわけ黒金氏のバス・トロンボーンの饒舌ぶりには驚かされる。あの無骨な楽器のイメージを払拭してくれる。彼らは皆、職人と芸術家の間の壁をいとも簡単に、そして自然に往来できるのだ!