M.Becquet X J.v.Rijen トロンボーンキャンプ 成果発表会レポート記事

第1部は、お二人の講師による演奏。4日前、紀尾井ホール(東京)のデュオリサイタルにおいて酔いしれたあのサウンドを、今度は3メートルの至近距離で聴くことができるとは!しかも、トロンボーン作品の名曲リストのようなプログラム!!ピアノ伴奏(曽根恭子氏、山本麻紀氏)の素晴らしさも相まって、「至高」という言葉以外に相応しい言葉がない。
 M. Becquet氏はシルバープレートのベルに、プロトタイプのハグマンバルブを搭載した楽器を使用しており、あたたかさの中にもしっかりとした芯のあるSilky Toneで我々を夢の世界へ連れて行ってくれる。事故や病気などのニュースで世界中のトロンボーン吹きが心配した事もあったが、その音色と表現力は健在だ。特に、ダイナミックレンジの広さは、はじめて彼の演奏を生で聴いた27年前とまるで変わらず、圧倒的だ。
 J. v. Rijen 氏の演奏もまた、世界の頂点を感じさせる素晴らしいものだった。トラディショナルタイプの楽器を使用し、マイルドで全くストレスのない音色・・・そしてそれが非常に均質でなめらかに繋がる。表現のスタイルも実に正統的で、奇をてらった「はったり」は一切ない。スーパースタンダードとでも言うのか・・・まさに真っ向勝負・・・到達すべきお手本のような演奏。彼にできないことはないのでは?と思わせる。紀尾井ホールでのコンサートでは、電子音響システムを取り入れた斬新な作品も披露し、クラシックだけない守備範囲の広さを見せつけている。

第2部は、受講生によるアンサンブル。大変レベルの高い受講生ばかり!それぞれが申し分ない基礎力を備えているのはもちろんだが、音色の統一感や表現のシンクロ性は、「寄せ集め」とはとても思えぬクオリティだ。この4日間のマスタークラスに、どんなことが展開していたのか、つぶさに見ることができなかったのが残念だ。師弟であるM. Bequet 氏とJ. v. Rijen 氏の音がまるで一つの楽器のように解け合うのと同じように、彼らの音も音楽的に同じベクトルをもって一体となっている。それらを象徴的に表していたのは、最後のプログラム「Song for Japan」の後に、観客やスタッフの目から流れた涙なのだと思う。被災地に寄せる思いは言うまでもないが、その祈りの気持ちを、この4日間の刺激と努力と熱意が更なる高みに押し上げたのではないだろうか。

私は、彼ら受講生を特別の想いをもって見ている。なぜなら、かつて、私自身が彼らと同じ「受講生」だったからだ。1994年と1996年に今回と同じく(株)ビュッフェ・グループ・ジャパン(当時Boosey & Hawkes およびBuffet Crampon)主催によるスタージュ(講習会)に参加し、講師であるJ. Mauger 氏から薫陶を受けた。今でもあの時の鮮烈な記憶は甦ってくる。見る見る変わっていく自分自身を実感することができるなんて、一生のうちに何度もあるものではない。敢えて大げさな表現をすれば、トロンボーンを演奏するということがどういうことか、悟ることができたのはもちろん、「教える」ということがどういうことなのかを悟ることができた瞬間でもあった。それは、私の人生に最も大きな影響を与えていると思える。きっと今回の受講生の皆さんにも同様の体験がもたらされたであろうし、この大きな刺激によって、次の世代を背負って立つトロンボーン奏者が飛び出してくることは想像に難くない。今回のスタージュは、募集開始早々に定員に達したそうだ。2度とはないかもしれないこのBig Event を敏感に察知して躊躇なく応募する彼らは、すでに相当に高い意識をもっており、それだけでも選ばれた存在なのかもしれない。その昔、応募するにあたり、ほんの少しの勇気が必要だったことも思い出した。けれど、その勇気が素晴らしい出会いと収穫をもたらしてくれるのだ。

このように素晴らしい機会を、高い志(こころざし)を持って提供してくださる関係者の方々に心から感謝申し上げたい。また、若い世代の方々には、是非チャンスを逃さず、貪欲に突き進んで欲しいと願っている。

トロンボーン・サクバット奏者 大内邦靖
 山梨大学大学院 芸術文化教育講座 准教授
 玉川大学芸術学部 非常勤講師