日本トロンボーン協会会報 第41号(1997年10月発行)
J. アレッシ氏 コンサートレポート

うわさのトロンボニスト

 うわさのトロンボニスト、ジョセフ・アレッシ氏の生の演奏にようやく触れることができた。過去の来日の時より、高い評判やCD、TV放送などによって、彼の素晴らしさは耳に届いていたものの、残念ながら、また、お恥ずかしいことに、これまで彼の生の演奏に接するチャンスをことごとく逃していたのだった。

 だからこそ、9月9日・10日に催された彼の2つのコンサートには、すでに、幻想に近いまでに膨らんだ期待をもってのぞむことになった。彼は、その期待を裏切るどころか、それ以上の驚きと感動で応えてくれた。

 まず、仰天したのが、その音質である。彼は、我々の常識からすればかなり大きいサイズのマウスピース(仮にBach社の製品のサイズで言うと、3Gのリムに5Gのカップくらい・・・今回の来日では2Gのリムという噂も・・・)を使用しているそうだが、決してブヨブヨした感じのない、鳴りと響きのバランスのとれた素晴らしい音質だった。また、どんな状況下でも、音質に統一感と安定感があるのだ。音程や、発音の技術などの完璧さは言うに及ばないのだが、どんなに難しいパッセージでも、ハイノートでも、大音量でも、決してゆるがない音質なのだ。

 そのことは、彼の音楽にも深い関係があるように思われた。彼は常に音楽を客観的かつ冷静に捉えて、「自然に」または「音楽的に」処理している。広いダイナミックレンジと完璧なブレスコントロールで、スケールの大きい音楽を展開しているのだが、激情に任せて冷静さを失ったり、お涙頂戴的なエスプレシーヴォで同情票を集めるような演奏は決して見られなかった。超絶技巧も音楽の流れの中に自然に組み込まれ、ひたすら見せつけて聴衆を煙に巻くような場面は一切なかった。

 彼は、道具立てやそのノウハウという点において、われわれの常識を大きく覆す一方で、とても常識的な・・・いや、正統的な上手さの持ち主なのだと実感した。すでに彼は世界のトロンボーン界をリードしているのだが、今後、世界中のトロンボーン奏者・・・特に若いプレーヤ−にとって教科書的な存在になっていくことは間違いない。彼を「教祖」としてあがめる必要はないが、自分自身のPureな感性に照らして、彼の素晴らしさを盗み、吸収することが、我々には許されているのだとおもった。

1997年9月 大内邦靖

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