1997年 3月号

世界一の大泥棒になれ!

 

 皆さん、元気ですか?一年間にわたって連載してきたセミナーも、ついに最終回となってしまいました。
 もっともっと色々なことを皆さんに伝えたかったのですが、結局、本当に基本的な奏法について一通り解説する程度に終わってしまいました。自分の文才のなさ、誌上レッスンの難しさを思い知らされる一年でしたが、毎回毎回、皆さんに絶対必要な内容を私なりに極力分かりやすく解説してきたつもりです。是非、何度も読み返して、皆さんのトロンボーン・ライフに役立ててください。
 最終回の今月は、これから皆さんが上達していく上で大事な心構えについてお話ししたいと思います。

世界一の大泥棒になれ
 皆さんはコンサートに出かけてプロや友人の演奏を聴いたり、部活動の中で先輩や後輩の音を聴いたりすることがよくあると思います。そのとき、なるべくたくさんの「良いところ」を発見するように心がけてください。
 悪いところを見つけるのは誰にでもできます。トロンボーンを吹いたことのない人にだってミスや欠点ぐらいは分かるでしょうし、気に入らない所ぐらいあるでしょう。皆さんは、ひとつの悪いところを発見すると全てを否定してしまうような「悪い聴衆」には絶対にならないで下さい。それは、自ら上達するチャンスを捨てているようなものです。
 もし、「良いところ」が発見できたなら、それは上達のための最大のチャンスです。ただ漠然と“いいなぁ”“上手だなぁ”感心するのではなく、何が上手なのか、どうして上手なのか、どういう仕組みになっているのかなど、どん欲に聴き、よく観察してみましょう。
 見えない部分は、音をよく聴いて、想像力をフル回転させます。一緒に吹いたり、質問攻めにするのもいいでしょう。とにかく積極的に「盗む」ことです。お金や物などは盗めば罪になりますが、“うまさ”はいくら盗んでも罪にはなりません。より確実に、たくさん盗んだ人がうまくなっていくのです。
 教えてもらおうなんて、口を開けて待っていてもちっともうまくなりませんよ。皆さんが本当にうまくなりたいと思うなら、世界一の盗み上手になることです。

技術と音楽性は車の両輪
 音楽は単なる音のパズルではありません。音にのせて、その人の美意識や感情を主張することで、そこに彼の人間性や哲学、情熱といったものが反映され、また“彼”というフィルターを通して、作曲家のそれらが映し出される・・・音楽とはそういうものです。なんだか難しくてよく分からないでしょうが、皆さんがこれからもずっと音楽を好きでいたなら、きっと何年か後にこの言葉の意味が実感できるときがくるでしょう。つまりは、音楽は精神性の高い芸術なのです。

 「音楽性」とは美意識や感情といったものと深く関わることばです。そしてそれを実現(演奏)するために必要なのが「技術」です。音楽性と技術、どっちが大事かなんて論議は実に愚かです。両方大事に決まっています。音楽性に乏しい演奏は「技術」が「技術そのもの」として聞こえ、深みのないつまらないものになってしまいますし、技術不足の演奏は、ひとりよがりの実にかっこわるいものになってしまいます。豊かな音楽性と、それを実現するのに充分な技術・・・これが良い演奏を作りあげるのです。
 「音楽性」と「技術」は車の右タイヤと左タイヤに例えることができます。どちらかのタイヤが大きければ車はまっすぐには進みません。必ず小さい方に曲がって、逸れていってしまうでしょう。皆さんも成長の過程で右に曲がったり左に曲がったり、フラフラすることもあるでしょう。でも、最終的にまっすぐ正面を見据えてがんばってほしいと思うのです。

君の感性が今後の音楽を左右する!
 最終回にちょっと難しくてお説教がましいことを書いてしまったけれど、これは皆さんへの応援歌です。おそらく、皆さんぐらいの世代から世界を背負って立つトロンボーンプレーヤが現れることでしょう。また、皆さんの新しい感性がこれからの音楽の世界を左右することになるでしょう。皆さんが音楽やトロンボーンに情熱を持ち続けることはとても大事なことなのです。私は心から期待し応援しています。

 また、皆さんの力になれる機会もあるかもしれません。演奏会のチラシなどで私の名前を見かけたら、是非足を運んでみてください。

 一年間、愛読どうもありがとう!