1997年 1月号

ウォームアップの設計図

 

 これまで連載してきたこのセミナーも、ついに10回を迎えました。これまでずっと、私のウォームアップのスケジュールに沿ってトロンボーンの基本的奏法について解説してきましたが、先月号まででひと通り大まかに触れることができました。そこで今月は、今までのことをすこし整理して、大内流「上手なウォームアップ」についてまとめてみたいと思います。

ウォームアップとトレーニング

 皆さんが「基礎練」と呼んでいる練習は、おそらく、このウォームアップとトレーニングの両方をごちゃ混ぜにした練習だと思います。でも、この2つはすこし意味が違います。ウォームアップは、眠っている筋肉や感覚を呼び覚ましてあげること。一方トレーニングは、筋肉や感覚の能力増強を目的として負荷をかけたり、反復練習することです。簡単に言うと、野球部の選手が練習のはじめにストレッチしたり、柔軟体操したり、かるくキャッチボールしたりしているのがウォームアップ。50Mダッシュしたり、タイヤを引っ張ったりしているのがトレーニングです。つまり、何が言いたいのかというと、皆さんが、ウォームアップとトレーニングを混同して、眠っている筋肉に過度の負荷をかけて調子を崩したりしないよう注意してほしいのです。

 市販されているウォームアップのためのエクササイズやエチュードには、その利用法に注意の必要なものが少なくありません。メトロノームをかけて、楽譜に書いてあることを最初からずっと吹いていけばそのうち調子が出てくる・・・なんて思ったら大間違い。コンディションによっては、ロングトーンの時点で上半身や唇に力が入り、やればやるほど絶不調に陥る事だってあります。
 市販のエクササイズにはトレーニング的色彩の強いものも多く、“ウォームアップエクササイズをするまえにウォームアップが必要”なんてこともありますね。
 また、「みんなで一緒にウォームアップしよう!」なんて仲良く練習をはじめて、人のペースでウォームアップすることで“ドツボにはまる”こともよくある話です。ウォームアップはとても個人的なものなので、人それぞれペースや方法も違うし、その日の体調やコンディションによってもさまざまです。

 だから、ウォームアップのスケジュールや方法は、自分で考え、自分で計画していかなければならないのです。(もちろん、その時に市販のエクササイズを参考にするのは、おおいに結構です。)

 では、自分なりのウォームアップを組み立てるための基本的な設計図についてお話ししましょう。

 

ウォームアップの設計図

 ウォームアップで一番大事なことは、「自分の体と対話すること」です。言い換えれば、自分の体の状態をよく知ること、または、自分の体から出ている信号に敏感になることです。自分の体は今どれくらい起きている状態なのか・・・今日うまくいかないのは、のどに力が入っているからなのか・・・それとも、舌の動きが悪いのか・・・そんなふうに、自分の体の状態や反応に感覚を研ぎ澄ませてみてください。人間は意外に自分の体に鈍感です。日々の生活の中ではそれで充分なのです。でも、トロンボーンを吹くことは、脳みそが体をコントロールして行う芸術だから、決して鈍感であってはいけません。自分の体がどんな状態なのかが分かることが、“コントロールする”ことの第一歩なのです。

 以下に、ウォームアップの段階でクリアしておきたいチェックポイントを挙げておきます。
@体をリラックスさせる。
A肺をやる気にさせる。
B唇の振動の感覚をつかまえる。
C舌の動きや接点の感覚を確認する。
D音高と筋力、口の中の広さの関係を体にインプットする。

 とりあえず、この5つを目標に、必要ならある部分だけ反復するもよし、そこだけを特にゆっくり確認してみたり、時には休憩したり・・・制約は何もありません。自分の体の状態と相談しながら、次に何が必要なのかを考えて練習のパターンを選択し、その日の自分にぴったりのウォームアップを組み立てましょう。

 なにも、楽器を組み立てたら最初はロングトーンって決まっている訳ではありません。その前に体が必要としていることがたくさんあるはずです。これまでのセミナーの内容を参考にして、とにかく最初からあまり負荷をかけないように徐々にウォームアップしてください。

 ウォームアップは一日の練習を効率よく、実りあるものにするために必要不可欠です。「どんなパッセージでもどんと来い!」という状態を一日の最初にセットアップしておかなければいけません。また、上手にウォームアップした後のトレーニングは効果絶大です。目に見えて力がつくし、長時間の練習が可能になります。

 皆さん、ぜひ、上手なウォームアップを心がけてください。